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見えないDNAって、やっぱりありますね。

よく、家族内で顔つきからして誰かしらと似ている、なんて知り合いだったり、見ず知らずの人であっても街中でふとすれ違うと(そっくりだなー)なんて思ってしまう位、明らかに同じDNAだなって目に見える家族も居ると思うんです。
でも、私の家族の場合って、母と父と姉も居るのですが、パッと見た感じでは他人に近いんです。
人からも「あー、目?パーツだと、」とパーツ毎に、その部分は「お父さんじゃない?」とか「そこはお母さんじゃない?」みたいに、もちろん姉とも似ていなくって…と、まあ、そこで何か嫌だって事は何も無いのですが、たまに(私の家族って似ていないよなー)って思う事がにあるんです。
でも、見た目がハッキリと遺伝を受け継いでいなくとも、中身ではやっぱり同じDNAだなって、思う部分があるんです。
まず、母から貰ったDNAには、お酒が滅法弱い所が丸っきり同じだなって成人して歳を重ねる毎に実感する…というのか、させられてしまいます。
飲めない事はないのですが、ちょっと強いのを飲んだりすると、もうダメで、すぐに顔が赤くなってしまうんです。
なので「お酒弱いんです」という説得力が顔に表立って出てくれる所は、職場の人との食事の席で嘘を言っていないというのが認識されやすくて、最近では助かっています。
もっぱら食の方にばっかりお箸が伸びているのですが、「○○さんすぐ赤くなるからな~」って言葉で済むから気楽だったりもします。
中には私と同じ位にお酒が弱いのに、あまり顔に出ないからお酒を進められている人も居るらしいので、それは可哀想だなって思うので、本当は飲めれば良かったなと思っていたマイナスな事も、今じゃむしろプラスの方になっていたりもします。
母からは、ちょっと心配性な所も頂いてしまったのですが、それもありがたい事に「親切」と「優しさ」に受け取ってもらえている…みたいですので、ただの心配性なだけなのに、ちょっと騙しているようで申し訳なかったりもするのですが、マイナスな方では無くなっているので良かった点です。
ただ、父の遺伝子で厄介なのは…肌質がちょっと地黒な所です。そこはマイナスな面です。
女性ですから色が白い肌に憧れるので、初めっからちょっと黒めな肌だと…憧れの色素薄い系には、どうやったって届かないので、少し悲しいです。
母は、色が白いんですけどね、そこは何故か姉の方に行ってしまい、性格は母似の肌質が父似という私なんです。
姉は、その逆だったりして、見えない部分では私達は親子なんだなって感じる日々、今日この頃です。

両親の頬骨の高さが遺伝した私・・・

私が両親から遺伝してしまった残念なモノは頬骨の高さです。私の父と母は娘の私が言うのもなんですが、まれにみる美貌の持ち主なのです。父は顔もさることながら身長が190cm近くあり、本当にファッションモデルのような外見でした。母は小柄なのですが、よく往年の大女優に似ていると言われていました。そんな両親から生まれた私に対して、多くの知人や親せきが絶世の美女を期待したようです。ところが残念なことに、生まれてきた私は両親にほとんどの部分がよく似ているにもかかわらず非常に不細工になってしまいました。父も母も彫りの深い顔立ちで適度に頬骨が高く、日本人離れした顔です。私はそんな両親から高さのある頬骨の部分を大きく譲り受けました。頬骨がぼっこりと突き出た感じと言ったらわかりやすいと思います。黙っていても頬骨が出ている状態ですから笑った顔は頬骨があまりにも突き出て主張した状態となり、とんでもなくバランスが悪い顔だちなのです。頬骨以外の顔のパーツは両親譲りでキリッと美しいといえるだけに、頬骨によって顔が台無しになっているのです。また、立った時の全身像も頬骨のせいでひどいものになりました。なぜなら私は父親譲りで背が高くモデルっぽいやせ型なのですが、頬骨が出ているぶん顔がとても大きく見えてしまい立ち姿のバランスも滑稽になっているのです。男子なら背が高いというのはプラスにはたらくかもしれませんが、女子なのにクラスで一番背が高いというのもマイナス評価にしかなりませんでした。両親が優れた外見の持ち主でそのほとんどの部分を受け継いだとしても、頬骨という顔の目立つ部分のバランスが少々おかしいだけでこうも見苦しい姿になってしまうのかとガッカリでなりません。

親からの遺伝と信じてる貧乳・・・

私が母親からの遺伝だと信じて疑わないもの、それは貧乳である事です。
つまり、バストが小さいんです。
昔、私が子供の頃にはもちろん母親とお風呂に入っていました。
その頃に母親の裸を自然と見ていたのですが、うちのお母さんて痩せてるけど他のお母さんみたいに胸が大きくないんだなあと子供ながらに思っていたのでした。
それを口に出した事はなかったけど、その気持ちは覚えています。
そして、私が小学生高学年の頃に段々周りの女子がブラジャーを使い始めました。
でも、私はまだまだ必要ないと思える胸だったのです。
その後中学三年生になっても私はなかなか胸が膨らんでこなくて、本当に少しだけ男の子よりは膨らんできたかな程度でした。
それに気づいた時に、母親があんなに胸が小さいのだからその遺伝で私も大きくならないんだと悟りました。
母親が痩せ型なのも遺伝なのか、私は別にダイエットしたりしなくても痩せていましたが、バストが小さいから女性らしさに欠ける体型なのがとても悲しかったです。
母親も、娘の貧乳は指摘する事は決してありませんでしたし、私もそこは触れてはいけない気がしてお互い話した事はありません。
私の周りで胸の大きな子はやはりその母親も胸が大きかったし、段々諦めもつきました。
遺伝なのだから、仕方ない。
努力でどうこうなるものではないのだと貧相な胸を受け入れようという気持ちになりました。
それでも、その後の私は結婚はできたし出産してちゃんと授乳も出来たのですから、貧乳なのは何の問題もなかったのだと今は思っています。
とはいえ、実は私の生んだ我が子は2人とも息子なので、これで私は我が子に貧乳を受け継がせなくて済むんだとホッとしているところもあるのです。

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母の喋り方が遺伝してイケイケ系女子にはなれず。。。

最近思うことがあるのです、喋り方とは人の印象を外見よりも変えてしまいますよね。例え奇抜な格好や垢ぬけた格好をしていたとしても喋り方がとても控え目だとそれだけでおとなしくて落ち着いたキャラが定着しやすいです。つい最近、20代半ばになってから気づきました。よく人と喋っているとき、それもとくに年上の人と喋っているとき、自分の喋り方が母親と似ているのです。母親は典型的な昭和の女性で、控え目で言葉遣いが丁寧です。私は主に母親の日本語を聞いて育ったので似たのでしょうね。言葉遣いが丁寧で損することはないと思う人もいるかもしれませんが、損することもときどきあると私は感じています。損、というより自分が嫌なだけかもしれませんが。

私はよく「控え目で落ち着いている」と言われることが多いのですが、はっきり言って毎回それを言われるのがうんざりしてしまいます。それによってキャラが勝手に決めつけられているので、例えば知り合いと服選びをしている際「〇〇ちゃんはどっちにする?こっちの控え目の色の方が〇〇ちゃんに合っているよね」と言われてしまうたび、偏見を持たれていて少し不快な気分になります。本当は赤や派手な色が好きですし、スカートも膝丈より短いものが好きなのに地味な色で長い丈のものを勧められたことがあります。

そしてあまり年上に「若い子扱い」してもらえないのも損した気分ですね。40代や50代の人たちとの飲み会の集まりに呼ばれることが多いですが、20代の女性はわりとちやほやされてかまってくれる場合が多いです。実際、私より3歳年上の女性がそういう扱いを受けていました。隣にいた私にはなぜか皆名前も「さん」付けで敬語を使ってくるのですよね、年上の女性には「ちゃん」付けなのに、です。

礼儀は保ちたいものですが、可愛がられたいという女子特有の願望も少しはあるので、自分の丁寧な喋り方や雰囲気のせいであまり固く接して欲しくないのが本音です。できればいケイケ女子になってもっと人生を謳歌してみたいです。

身長179cmの私。女にしては背が高すぎる。

割と、周りから見てもハッキリわかる”親から遺伝したなぁ”と感じる部分がたくさんあります。

まずひとつめに身長。父が173cm母が166cm、私は…179cm。女子にしては高すぎる。少し嫌な遺伝ですね。目立ちすぎるから、あまりうれしくありません。私の息子にもこの遺伝は引き継がれています。4歳だけど、周りと比べて背が高い!息子の場合は男の子なので、背が高くても別に問題ないのでまぁよかったとは思いますが…。

顔はほとんどが父親から。昔は母似と言われていたのに、途中で顔が変わってきたらしいです。美人だとかかわいいとか言われるからこの遺伝はうれしいというか、アリです。顔で得してきたなと思います。もう年齢も年齢だから、今はあまり関係ありませんが。

鼻が弱いのは父親から。鼻と耳の弱さは…困りものですね。大人になってマシにはなりましたが。父親は鼻の手術もしたようです。そう考えると父親のほうが症状がひどかったのかもしれませんね。

体臭は父親から。軽くワキガなんですよね…。父親からです。ここは絶対似たくなかった。ただ、男性から見ると、フェロモン的なものに感じられることも多いみたい…?完璧に嫌なニオイというわけでなくモテるので、不思議。ちなみに父親も女の人からモテます。(本人にその気がないのに。)

頭は、母親譲り?割とやらなくても勉強ができました。特に国語、得意です。父親は数学好きの完璧理系人間なので合いません…。ものを思う感覚自体が全く違うので、父親と話しているだけで疲れてしまいます。

性格についても母親似でしょうか。遺伝、というものとは少し違うかもしれませんが、血液型もAB型と同じだし、似ている部分は多々あると思います。だからなのかな?話していてもすごく気が合います。面白い、楽しい、と思う部分が一緒です。

片方だけに似ている、というよりも、双方の色んな部分を足して2で割ったような?そんな感じの遺伝でしょうか。悪い部分もいい部分もいろいろ取り混ぜて、両親に似ていると思います。

母の口調が遺伝しました。話し方が母ソックリ。

私が親から遺伝したなと感じるのは話し方です。
母親は声をあげたりすることなく、いつも静かに話す人でした。怒鳴られたり叩かれたりしたことは一度もありません。叱ると言っても、私の目を真っ直ぐ見てゆっくりゆっくり諭すように私に話しかけてくれました。
母方の家計は皆そんな感じで穏やかな人ばかりでした。反対に父方の方はどちらかと言えば気性の荒い人が多かったです。
私が母似だと思ったのは、小学校の高学年頃だったと思います。よく先生や周りの友人から「ものの言い方が丁寧」「話し方が穏やかで優しい」と言われていました。私自身は意識したことはなかったのですが、声のトーンなども母と似ていたようです。
この話し方のお陰か、私は今まで人間関係のいざこざに巻き込まれたことがありません。母が悪口を言わない人なので、その辺りも私に影響していたように思います。
母の話し方が遺伝して良かったなと思うことは、就職活動の時でした。面接ではいつも好印象で、一度も落ちることがありませんでした。よく面接の時だけそれ用の訓練をしますが、私はそのようや講座を受けませんでした。丁寧な言葉遣いは生まれたときから母に学んでいましたから、その必要はなかったのです。学歴は高くはありませんが、話し方がちゃんとしているだけで人に与える影響は全然違うのだなと感じました。
でも、いくら母が穏やかな人だと言っても、生まれもった性格も影響します。私の姉は父に似てすごく短気なので、やはり性格は遺伝なのだなと思います。
私は母に似て得をすることが多いので、本当に良かったなと思います。頭の回転は早くありませんし、マイペースですがどっしりとした性格は、私のことをいつも助けてくれます。

親から遺伝してしまった両耳に耳瘻孔・・・

私の母には両耳に耳瘻孔があります。耳瘻孔とは、耳の軟骨部分に生まれつき小さな穴が空いていてそれが耳の内側の神経まで繋がっているのです。そんな母から生まれた私は生まれつき右耳にだけ耳瘻孔があります。ちなみに父は耳瘻孔がなく、私も左の耳には耳瘻孔はありません。遺伝とは不思議なもので両親それぞれの耳の特徴を私は受け継いで生まれてきました。
私の弟は残念ながら両耳に耳瘻孔があります。まだ弟が3才だったとき、汚れた手で耳瘻孔を触ってしまったらしくそこから耳の内側の神経まで細菌が入ってしまい化膿してひどく腫れたことがあります。耳瘻孔を持つ母も私もそのような経験はなかったためひどく驚き慌てました。そして可哀想なことに、弟はわずか3才で耳の切開手術を受けました。手術は成功しましたが、その後幼稚園に入学後、風邪をひいたことがきっかけでまた耳瘻孔が腫れてしまって再度切開手術を受けました。このように耳瘻孔があっても何もいいことはなく、むしろちょっとしたことで化膿してしまうため厄介な存在なのです。私は運よく今まで化膿したことはありませんが、やはりこの耳の穴が原因で損をした経験があります。
私が通っていた高校は私立の女子高で校則が非常に厳しいことで有名でした。毎週抜き打ちで身だしなみの検査があったのですが、ある時風紀指導の怖い先生が私の耳瘻孔を見つけたのです。耳瘻孔なんて普通は見たことも聞いたこともない耳の穴ですので、先生も私がピアスの穴を開けたと勘違いをして生徒指導室に呼ばれました。私は必死に耳瘻孔について説明をしましたが信じてもらえず、結局両親に手紙を書いてもらい誤解が解けたのでした。
このように無駄な遺伝のおかげで私たち姉弟は損な経験をしています。幸い私の息子には耳瘻孔は遺伝していないのでもう私まででこの遺伝は終わりにしたいなと強く思っています。

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母に似ていると必ず言われました・・・。

小さい頃から母親に似ていると言われていました。私も母もお互いに似ているとは全然思わなかったのですが、まわりから似ていると必ず言われていました。一番のピークは私が小学生のとき、似てるなんかではなく顔がもう瓜二つで、顔ももちろんなのですが歩き方や仕草が本当に一緒だったみたいで、母親が道で歩いてたときに私の友達が間違って声をかけてしまうくらい似ていました。姉がいるのですが、私と姉は全然似ていなくパッと見ても姉妹とは分からないのですが、私のことを知らない姉の学校の先生が私をたまたま道で見たときにすぐ妹だと分かったみたいで、その理由が姉の母親にそっくりだったからです。

それを聞いたときにはびっくりしました。また私の姉は父親似で、父親は娘の私が言うのもなんですがイケメンで姉も美人だったので私も父親に似て生まれたかったなぁと小さい頃はすごく思っていました。当時姉はすごく美人だと地元で有名で、姉を知っている人たちからは「お姉ちゃんに全然似てないね」と言われることが多かったので、母親はブサイクではないしむしろ大好きなのですが「なんでお母さんに似たんだろう」と悲しくなることが何回もありました。その言葉を母親にも言ってしまって傷つけてしまいました。今思い返すと母親には悲しい思いをさせてしまったなと反省しています。今では、昔はこういうことがあったと笑って話せるくらいで、私も大きくなるにつれて母親と顔が似なくなったので、似ていると言われなくなったことが寂しいくらいです。唯一母親と似ててよかったことは、初対面の方でもすぐに母親の娘だと分かってもらえたことと、母親の知りあいにはすぐ顔を覚えてもらえることでした。

隠していた広いおでこ!今では自慢です。

父から遺伝した広い額。三姉妹全員、おでこが広い。
特に私はおでこの面積がかなり広いのです。小さい頃は、口の悪い男子に「でこっぱち」とからかわれたりしてました。
小学校二年生の時の作文、お題は
「自分の好きなところ 嫌いなところ」。
好きなところに何を書いたのか全く覚えていないけれど、
嫌いなところに「おでこ」と書きました。回ってきた先生が
「そうだね。○○ちゃんのおでこはほんとに可愛いよね!」と。「え?嫌いなところなんですけど・・・」。先生は好きなところと勘違い。でも続けて、「おでこ美人という言葉があるんだよ~。額が広いのは利口そうにも見えるよ~。○○ちゃんのおでこ素敵だよ。先生は大好きだよ!」と笑顔で言ってくれました。それ以来、私は自分の広いおでこが大好きになりました。「でこっぱち」とからかう男子には「知らないの?おでこ広いほうがお利口なんだよ」なんて、先生の言葉を曲折して話して自慢してました。
そうは言っても、長じるにつれ、前髪を伸ばし、またまたおでこは隠すヘアスタイルにしていました。大学を卒業して就職した際ももちろん前髪垂らして、おでこは封印。そんな時、200人いる新入社員の中から、営業の取締役の方が、女性の営業を抜擢しに新入社員研修所にやってきました。そして、私を指名してくれました。もちろん、仕事の配属ですから、適性をみての判断だったのでしょうが、後日、花形営業部での歓迎会の席でその取締役が言ってくれました。「君をここに配属させた一番の決め手は、そのおでこだよ。」と。それからは、またおでこを隠すのをやめました。結婚、出産を機に会社は退職したのですが、娘の写真を年賀状にして、その取締役に送ったところ、返事に「貴方に似て、おでこ美人だね」と書いてありました。
父の広いおでこの遺伝子は、脈々と受け継がれてます。